飽富・吾妻・淡島

あ ず ま じ ん じ ゃ
吾 妻 神 社


神社名 吾妻神社あずまじんじゃ)           鎮座地 木更津市吾妻2−7−55
御祭神 弟橘姫命(おとたちばなひめのみこと)  例祭日 7月第2日曜日、9月17日
本  殿 神明造り1.5坪、幣殿2坪、拝殿10坪              

由       緒

 社伝によれば、日本武尊御東征の折、妃弟橘姫命が海神の怒りを鎮めるため海中に
  身を投じられた。その後妃御袖が袖ヶ浦付近に漂着。この御袖を納めて社を建立した
  のが創祀と伝える。

 境内の鏡ヶ池は弟橘姫命の鏡を沈められたところと伝えられ、産土神として土地の
  人々の篤い崇敬を受けている。

 『江戸砂子』に「君去津吾妻大明神は即ち立花姫の霊社也」と記されている。

☆ 例祭日八剱八幡神社の神輿が吾妻地区を巡幸の折、産土神である当社大前に於いて
  敬意を表す「吾妻神社広前の儀」が行われる。

☆ 伝承として吾妻の名は、日本武尊がこの地に来られた折、媛をしたい思わず
  「ああ吾が妻よ」と発せられた事に由来すると言われている。

あ き と み じ ん じ ゃ
飽 富 神 社



 神社名 飽富神社あきとみじんじゃ)      鎮座地 袖ヶ浦市飯富2,863番地
☆ 御祭神 倉稲魂命 他二柱                例祭日 毎年7月24日
 延喜式内社
由       緒

 綏靖天皇元年、皇兄神八井耳命が創始したと伝える。延喜式に飫富神社として
  記されている。天慶2年の平将門の乱により坂東の地は荒廃し、朱雀天皇はこ
  れを憂えて勅使送り、神剣を奉納し、兵乱鎮定を祈願した。明治5年県社に列する。

 末社は東照宮他75社。旧八ヶ村(飯富・蔵波今井・神納・井尻・有吉・曽根・下新田・
  奈良輪)の総社。

 小櫃川流域の沃野を眼下に、杉の老木が枝を交える荘厳な神苑の風景は古社で
  あることをしのばせる。

つ つ が ゆ し ん じ
筒 粥 神 事
 穀物の豊凶を占う筒粥神事。

 毎年1月14日の深夜から15日未明にかけて、冷水で身を清めた若者が白装束を
  纏い、檜の棒と板とで忌火を起こし米の粉の粥を炊きます。

 粥の中に葦(よし)で作った筒を入れ、粥の中に入った量で占います。

身を清める若者
忌み火を切り出す

筒の入った粥を炊きます




お田植え祭

 田植え時期を迎える4月上旬、お田植え祭が行なわれます。

 葦(よし)と楢(なら)の新芽を藁(わら)で束ねた葦束を作り、神前に供えてお祭を行
  い、続いて鳥居前で氏子から選ばれた早乙女が、葦束を月の数の12束植えて田植
  えの儀式を行います。

 氏子らは早乙女から投げられた葦束を持ち帰り神棚に供え、田植え時には豊作と
  苗が 丈夫に育つようにと願い、田の水引き口に差して作業を始めます。

 


例   祭

 毎年7月24日例祭が行なわれます。

 午前10時「本殿祭」、午後から「神輿渡御」が行なわれ、夜遅くまで氏子中を回ります

 

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